【フィリピン航空434便爆破事件】犯人ラムジユセフの現在とは

飛行機

本日は日本の沖縄上空で起こった、フィリピン航空434便爆破事件について見ていこうと思います!

約300人もの人々を恐怖に陥れたフィリピン航空434便の爆破事件ですが、いったい犯人のラムジユセフとはどんな人物なのか。

爆破事件の概要やその後の様子も同時に調べてきましたので、お伝えしていこうと思います。

スポンサーリンク

フィリピン航空434便爆破事件の概要

概要を知っている→犯人について

 

いったいどのようにしてフィリピン航空機の爆破事件は起こったのでしょうか。

事件の概要をさらっとおさらいしておきます。

 

フィリピン航空434便爆破事件が起きたのはいつ?

フィリピン航空434便爆破事件が起きたのは1994年の12月11日の事。

新東京国際空港まで約2時間で到着する予定で、沖縄県の南大東島附近上空を飛行している時に、突如爆弾が爆破したのです。

フィリピン航空434便

フィリピン航空434(引用:Wikipedia)

犯人が時限爆弾を持ち込んだ方法

犯人は飛行機の中に爆弾を持ち込んだのですが、その方法が意外と原始的。

犯人はフィリピンの空港から飛行機に乗ると、膝の裏に時限爆弾の材料を隠し持ち、トイレの中で組み立ててフィリピン航空機434便に設置。

当時は今よりセキュリティが甘く、金属探知機しか作動していなかったようですね。

爆破の被害状況

フィリピン航空434便の爆破事件当時、飛行機には乗客乗員合わせて293名の人がいたようす、奇跡的にほとんどの方が助かられています。

ただ時限爆弾が設置されていた上に席に座っておられた方1名は命を落とされたようです。

飛行機の床には約0.2平方メートルの穴が開いており、爆破の衝撃の大きさを物語っております。



スポンサーリンク

【フィリピン航空434便爆破事件】犯人ラムジユセフについて

そんなフィリピン航空434便爆破事件ですが、犯人はいったい誰なのか。

調べたところ名前はラムジユセフという人物。

顔画像はこちら⇓

フィリピン航空機434便爆破事件の犯人のラムジ・ユセフ

引用:Wikipedia

 

犯人のラムジユセフは1967年、クウェートで生まれ。

大学で電気工学を学んでいたようですが、その後アルカイーダの訓練キャンプに参加し、爆発物の専門家となったようです。

アルカイーダは聞きなじみのある人も多いと思いますが、国際的なテロ集団で「世界貿易センタービル爆破事件」を引き起こした集団です。

さらにフィリピン航空機434便爆破事件の犯人、ラムジ・ユセフは貿易センタービルの事件の犯人でもあったことが後に発覚しています。

犯人のその後と現在

犯人のラムジユセフはその後、1995年にパキスタンで逮捕されています。

ニューヨークで裁判にかけられ、フィリピン航空機434便爆破事件や他の爆破事件などの罪で2つの終身刑を言い渡されています。

どうやら現在(2020年)も生きているようで、コロラド州・フローレンスの「ADXフローレンス刑務所」に収監されているようです。

ちなみにこの刑務所はアメリカで唯一特殊警備体制がある、とても頑丈な刑務所なんだとか。

犯人のラムジユセフが出てくることは二度とないと思いますが、このような悲惨な事件は二度と起こってほしくないですね💦

スポンサーリンク

フィリピン航空434便爆破事件のその後

そんなフィリピン航空434便爆破事件のその後の様子を調べたところ、爆破事件があった飛行機自体は貨物用に改装されて2007年まで使用されたようです。

現在は飛んでいないようですね。

またフィリピン航空434便はその後、航期間をフィリピンのセブ~成田間に変更。

現在(2020年)は飛行機の機種がエアバス社の物に変更されていて、マニラ~東京間の運行期間となり、さらに便名が432便に変更されています。

便名が変わったのも日本への配慮なのかもしれませんね。



スポンサーリンク

【フィリピン航空434便爆破事件】犯人ラムジユセフの現在とは・まとめ

フィリピン航空機434便爆破事件は、沖縄上空で起きた恐ろしい事件でした。

犯人のラムジ・ユセフはテロ集団の一員で、現在は刑務所の中だということです。

コチラの記事もどうぞ⇓

スポンサーリンク