【岡田更生館事件】館長のその後と現在!犯人の名前が不明の理由は?

岡田更生館事件

戦後の日本を震撼させた岡田更生館事件。

犯人となった職員や館長のその後と現在の様子を探ってきました。

名前が実名報道されておらず謎の多い事件ですが、事件の背景と共に、岡田更生館事件について迫っていこうと思います。

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岡田更生館事件の概要

概要を飛ばす→館長のその後と現在

 

岡田更生館事件は戦後すぐの1946年、現在の岡山県倉敷市で起こりました。

岡田更生館自体は当時、戦争によって行き場のなくなった人など、浮浪者が身を寄せるための施設としてGHQの指示で建設されました。

 

施設に入ると「働いて給料がもらえる、十分な食事をもらえる」などと人々を勧誘し、戦後の人の弱みに付け込んで行われた事件。

2年間で約80人の方が犠牲となった事件ですが、そこには館長の身勝手な動機があったのです。

 

岡田更生館で行われたこと

岡田更生館では館長の支持の元、収容者への暴行が行われます。

入所するとまず丸坊主にされ、さらに食事は満足に与えられず、脱走を防ぐため夜寝る時には服を着ることも許されなかった言います。

脱走する者がいると後を追いかけられ、捕まると見せしめに暴行される、といった収容者には地獄のような場所だったようです。

 

それでも岡田更生館の館長らは巧みにこの事実を隠し、周囲からは人助けをしている模範的な施設として有名だったようです。

 

館長の動機は『金』か

金

しかし、岡田更生館でなぜこんなことが行われていたのか。

動機は館長の『金』への欲という身勝手な行動だったのです。

 

岡田更生館は県立でお金が県から交付されていたのですが、そのお金を奥さんの入院費や、接待費、など私的流用していたといいます。

そのために収容者に満足な食事を与えることができず、病気になっても治療をすることができなかったのでしょう。

 

暴行についての動機は不明ですが、今よりも人間の気性が荒い戦後という時代の背景もあったのかもしれません。

 

岡田更生館事件が明るみに

その後、岡田更生館事件の噂が脱走者の口から語られることになり、大森実記者は同僚と2人で、半信半疑ながら岡田更生館への潜入を試みるのです。

するとそこで目にしたものは世間のイメージとは真逆の実態。

 

十分な証拠をつかんだ大森実は事実を伝えようと脱走を試みますが、捕まってしまい暴行を加えられそうになります。

しかし近くにあった電話で、大森実記者が所属していた新聞社に連絡し、危機一髪救出されるのです。

大森実記者が書いた記事は当時信じてもらえずにいたのですが、捜査のメスが入ると、その後事件は明るみに出ていくのでした。



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【岡田更生館事件】館長のその後と現在

そんな事件を越した岡田更生館の館長ですが、その後もちろん罪に問われます。

しかしながら、与えられた罪はわずかに「業務上横領と私文書偽造で懲役1年執行猶予3年」のみ。

 

館長らの控訴もあって、その後も裁判は53年間も行われたようですが、裁判記録は見ることができないようです。

約80人もの命に関わる酷い運営状況だったものの、館長自身はその後も悠々自適に生活していたと考えられる。

 

岡田更生館の館長の現在については全く記録に残っていなかったが、かなり昔に起きた事件。

もし仮に館長が当時30歳だったとしても、現在は100歳以上の超高齢ですので、ご存命の可能性はかなり低いのではないでしょうか。

 

岡田更生館のその後と現在が衝撃

岡田更生館事件のその後、岡田更生館は「県吉備寮」という名前に代わり運営されます。

しかし、事件の印象が相当悪かったのか、時代の流れもあり昭和30年初期に廃止されてしまいます。

その後も救護施設や病院として生まれ変わりますが、ことごとく廃止。

現在、岡田更生館の建物はなくなっていて住宅地になっているようで、近くには慰霊碑なども建っています。

岡田更生館事件

引用:Wikipedia

 

さらに調べてみると、岡田更生館事件が起きた「岡山県倉敷市真備町岡田」にあるこの場所は、事故物件サイトでおなじみの「大島てる」のサイトにも記載されていました。

岡田更生館事件の場所

引用:大島てる

約80人という人の命が奪われた事件の現場ですので、いわくつきの場所なのかもしませんね。

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岡田更生館の館長、犯人の名前は現在も不明?

そんな事件を起こした館長、犯人の名前ですが調べたところ現在も明らかになっていないようでした。

当時の法律でも実名報道についての決まりは「少年法」だけのようでしたので、なぜ名前が載っていないのかはわかりません。

館長は控訴をしたという記録もありますし、裁判が長引いているとのことですので、名前が公表されないこととも関連があるのかもしれません。

 

そんな岡田更生館事件についての書籍は、岡田更生館で浮浪者を収監していた元職員・荻野半麓の「浮浪者とともに」という本のみのようです。

事件について公的な記録はほとんど残っていないということですので、本にも館長の名前などは載っていないでしょう。

 

 

【岡田更生館事件】館長のその後と現在!犯人の名前が不明の理由は?まとめ

岡田更生館事件の館長は現在、ご存命出ない確率が非常に高いと思われます。

その後罪は科せられたものの、非常に軽い刑だと思うと、亡くなった方からすると無念で仕方ないでしょう。

事件の公的記録はほとんどなく、館長やその他犯人の名前も明らかとなっていないのが現状のようです。

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