ロジャーボイジョリーの現在とNASAチャレンジャー号事故のその後

ロケット

本日はNASAのチャレンジャー号打ち上げに反対した人物、ロジャーボイジョリー(ボージョレー)について調べてきました。

日本でも知られている事故ですが、チャレンジャー号打ち上げには反対している技術者は何人かいたようで、その中の中心人物がロジャーボイジョリーでした。

ロジャーボイジョリーは打ち上げに反対したその後どうなったのか、現在どうしているのかお伝えしていこうと思います。

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ロジャーボイジョリー打ち上げ反対の概要

概要を知っている→ロジャーボイジョリーのその後

 

チャレンジャー号打ち上げにはNASAと、技術提供としてモートン・サイオコール社(モートンチオコル社)が協力していました。

ロジャーボイジョリーはサイオコール社の主任技師だったのです。

チャレンジャー号の事故はなぜ起きたのか、またロジャーボイジョリーはなぜ打ち上げに反対したのか、簡潔に見ていこうと思います。

打ち上げ反対の理由

NASAのチャレンジャー号打ち上げ前日にテレビ会議が行われるのですが、この時にロジャーボイジョリー中心に打ち上げを反対する意見が出てきます。

理由は

ブースターロケットに使用されているOリングが、低温化では上手く機能せず、高温ガスが漏洩し爆破事故が起こる可能性がある。

というものでしたが、記述的に完ぺきな証拠はなくNASAも疑問を抱きます。

しかし、チャレンジャー号の打ち上げ時間の予想気温はー3.3℃と過去の打ち上げ史上最低の予想気温だったようで、ロジャーボイジョリーら技術者はOリングの不具合の可能性を考え、打ち上げに反対することとなりました。

 

反対が覆った理由

サイオコール社にはジェラルドメイソンという上級副社長がいました。

この人物はNASAが予定通りに打ち上げを成功したがっていることを知っていた。

さらにジェラルドメイソンはNASAとの次の契約を獲得したいがために、チャレンジャー号打ち上げに反対すると、今後の契約に不利になるという判断を下したようです。

話合いは行われたようですが、ロジャーボイジョリーや同じく打ち上げに反対していた、ロバートランドらに「技術者の帽子を脱いで、経営者の帽子をかぶれ」と言い、結局打ち上げは決行されることとなりました。

CHECK!

副社長のジェラルドメイソンも会社を守る立場だったので、悩んだ上での決断だったのかもしれませんが、この決断が事故を引き起こしたようですね。

現場で仕事をしているロジャーボイジョリーら技術者の意見を聞くことが、今後も事故防止につながっていくのかもしれません💦



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ロジャーボイジョリー打ち上げ反対のその後

翌朝打ち上げられたチャレンジャー号はロジャーボイジョリーらの発言通り、爆発を起こして7名もの命が奪われてしましました。

チャレンジャー号打ち上げ失敗のその後、事故調査委員会への資料提出が行われようとしていましたが、サイオコール社は自社への不利益を隠すためにロジャーボイジョリーが毎日記録した資料をそのまま提出すること拒否

しかしロジャーボイジョリーはこの決定を受け入れずに、大統領事故調査委員会へありのままの資料を提出します。

 

これがサイオコール社にとって不服な判断となり、ロジャーボイジョリーはその後、サイオコール社から制裁を受けて、会社がある小さな町へと追いやられてしまうこととなります。

わかりやすく言うと、会社側からのパワハラ人事異動といった感じでしょうか。

 

ロジャーボイジョリーは制裁を受けますが、その後事故調査への努力が認められ「The American Association for the dvancement of Science(米国科学振興協会)賞」を受賞されているようですね。

この賞は「科学の自由と責任」を称える賞で、ロジャーボイジョリーが技術者としての義務をしっかりと果たし、責任を全うしたことが評価されたようです。

ロジャーボイジョリー

ロジャー・ボイジョリー

 

モートン・サイオコール社退職後

ロジャーボイジョリーは退職後の2010年5月13日、今まで書き留めておいたメモなどをカリフォルニア州のチャップマン大学に寄付。

これらの資料は図書館の訪問者が閲覧できるようになっているようです。

その後ロジャーボイジョリーは法医学エンジニアリング会社を設立し、リーダーシップの倫理についての講演などをしていたようですね。

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ロジャーボイジョリーの現在は?

そんなロジャーボイジョリーはの現在を調べたところ、既にお亡くなりになっておられるようでした。

ロジャーボイジョリーは結腸、腎臓、および肝臓ガンを患ったようで、享年73歳、2012年1月6日に亡くなっておられます。

 

ロジャーボイジョリーの経歴や家族

ロジャーボイジョリーは1938年4月25日にマサチューセッツ州のローウェルで生まれます。

大学はマサチューセッツ大学で機械工学を学ぶ。

1963年には「ロベルタ」という名前の女性と結婚し、娘も2人居るようです。

ロジャーボイジョリーが亡くなられた時には孫は8人いたようで、幸せな家庭を気づいていたのではないかと想像できるかと思います!

POINT!

現在も語られているチャレンジャー号の事故ですが、ロジャーボイジョリーの助言は技術者として、人間として大事なものだったようです。

このような事故を防ぐためにも、ロジャーボイジョリーのような勇気と知識がある技術者が増えると良いですね。



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ロジャーボイジョリーの現在とチャレンジャー号打ち上げのその後・まとめ

ロジャーボイジョリーはその後、会社から制裁を受けたのですが、事故防止への努力が認められ技術者として高く評価されています。

現在はお亡くなりになっているようですが、チャレンジャー号打ち上げに反対した勇気ある行動は、これからの技術者に受け継がれていくことでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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